フロイト以後の精神病論
英国の精神分析家ウイルフレッド・ビオンは1950年代から精神分裂
病をはじめとする精神病の精神分析に取り組み、精密な精神病論を組み
立てた。ビオンはクラインの分析を受けた影響もあり、フロイトの投影
についての考えをクラインが推敲した投影同一化の概念を活用し、さら
に思考の成熟についての独自の考えを取り込んだ。
ビオンはまず、一つのパーソナリティー内での精神病部分と非精神病
部分(健康な自己部分)の分割に注目した。そして、精神病の顕在化はパ
ーソナリティーの精神病部分の活動が優勢になった時に起こってくると
みた。
パーソナリティーの精神病部分では、次のことが起こっている。その部
分は快感原則に支配されており、ゆえに欲求不満に持ちこたえることは
なされず、苦痛な体験はすべて即座に排出することがめざされるが、そ
うでなければパーソナリティー全体に破局をもたらす。すなわち精神病部
分は、苦痛を与えてくる現実を知覚し認識する自我の知覚装置や思考装
置に破壊のための攻撃を向ける。そうすることで苦痛を体験しなくてす
むからである。こうして自我機能とその連結が攻撃・破壊されるのであ
る。このため、苦痛感と苦痛を知覚する自己部分は破壊され、苦痛をも
たらす攻撃的な対象に向けて排出(具体的な投影同一化)される。ゆえ
に迫害的な悪い対象は、断片化した自我機能や知覚を含む自己部分や原
始的超自我痕跡や具体化した原始思考からなるモザイク様のさらに迫害
的な対象となる。これをビオンは「奇怪な対象たち」bizarre objects
と呼んだ。精神病患者に迫害妄想世界として体験されるものである。こ
の奇怪な対象との相互報復的な迫害関係は自我の解体をさらに進めるこ
とになり、精神病でのこころはさらに荒廃していくのである。
思考や思考機能にも激動が生じる。乳児への母親の適切な対象(ビオ
ンの言う「コンティニング機能」あるいは、「もの思い」reverie)を
取り入れることによって発達してきた、考え(概念)を成熟させる機能
であるこころの「アルファ機能」が破壊的攻撃によって崩れてしまい
抽象的な思考は具体的となってしまう。つまり考え(概念)は抽象的に
考えることのできない、具体的に体の中に入れるか出すかしかできな
い「ベータ要素」と呼ばれる原始思考になる。こうして、抽象的に考え
るというこころの活動とは身体的な活動とは区別が出来ないものになって
しまう。このことにより現実検討ができなくなり、現実世界と空想の識
別が失われてしまうのである。
この機能障害は不安の性質も変容させてしまう。理解ができなくなっ
てしまうことで、精神分裂病では、そもそも起こっていた破局の感覚が
さらに解体・破滅感を強め、もっと扱いどころのない恐怖に悪化してい
く。その精神病性の不安を「言いようのない恐怖」nameless dreandと
ビオンは名付けている。ビオンは発達論的には、精神分裂病はクライン
が認めた乳児期早期の「妄想ー分裂態勢」より以前の胎児期のこころの
ありさまに通じると理解していた。そこでhsこころは胎児の体の働き
と同じ働き方をしている。すなわち、出生前の胎児の正常な感覚や考え
は精神分裂病が表す病的な感覚や考えと基本的には同じものであるとみ
ていた。
現代精神分析学 牛島定信 より抜粋いたしました