元型(アーキータイプ)
こころ中の遺伝的に受け継がれた部分であり、本能に結びついたこころの行動を構造化するための型です。
それ自体は表彰不可能で、表現形態を通してのみ明らかになる仮説的な存在です。そのため、絵やその他の表現を用いてみたりします。
ユングの元型論の発展は、三段階に分けられます。1912年、自己分析を通じて気づいたり、患者の無意識の生活の中に認められた原初的なイメージについてユングは述べました。これらのイメージは、歴史を通じていたるところで繰り返されてきたモチーフに類似し、中心的な特徴はそのヌミノース性で、無意識的、自律的であることです。ユングが考えたように、集合的無意識がこのイメージを生み出し、拡大させます。1917年までに、ユングは、こころの中の非個人的な調整権威ないし結節点について述べました。これらはエネルギーを引き寄せ、個人的機能に影響を与えます。元型の内容が根本的に重要な問題だとする誤解を回避するためですし、無意識的で表彰不可能な輪郭、型が問われていることをはっきりさせるためです。人間が把握可能な(もしくは把握した)元型的イメージと明確に区別するため、元型それ自体について、ユングは繰り返し語りました。
元型は、身体とこころ、本能とイメージを結びつける心身相関的概念です。このことはユングにとって重要でした。ユングは、こころやイメージが生物学的な衝動の相関物だとか、それの反映であるとは、考えられなかったからです。イメージが本能の目的を呼び覚ますと主張することで、イメージと本能が同等であるとユングは、暗に語っている。
誕生、結婚、母のつとめ、死、別れといった、とりわけ普遍的、根本的な生活経験をめぐる一群の行動などの、外界に現れた行動から元型を認識することができる。
元型はまた、人間のこころの構造そのものに結びついており、内界のこころの生活との関係で関係で観察可能です。その現われは、アニマ、影、ペルソナなどの内的な形姿をとる。理論的には元型の数はいくらでも存在します。
元型パターンは、個の人格において実現されるのを待っています。それは無限の表現形態をとりうるので、どの表現をとるかは個人次第です。そして、伝統的、文化的な器待に支えられ、ある種の魅惑的な力を発揮します。そのためか強力で、圧倒的な潜勢力を秘めた、抵抗しがたいエネルギーを蓄えることになる(抵抗できるかどうかは、その人の発達段階、意識状態次第です)。元型は情動を引き起こし、現実を見えなくさせ、意志を奪い取ります。元型のなすがままになると、無制限な生を生きることになります。しかし、あることがらを元型的に表現することは、集合的、歴史的なイメージと意識的にかかわり、その結果、本来的な両極性を活動させることになります。つまり、過去と現在、個人と集合、典型と唯一性といった両極です。
こころのイメージすべてが、ある程度元型的な性質を帯びています。このために、夢をはじめこころの現象の多くが、ヌミノースな性格をもつのです。
元型的行動がもっとも明らかになるのは、自我の力がもっとも弱くなる危機状況においてです。元型の特質は象徴の中にみられます。このことから、元型が魅惑的で、有益で、繰り返されることの説明がいくぶんつきます。神々は元型的行動のメタファーであり、神話は元型的な実演化です。元型を完全に統合することも、人間的な形態で生き抜くこともできません。分析に伴って、個人の生に備わる元型的な次元をより多く意識することになります。
ユングの元型概念は、プラトン的なイデアの伝統の中にあります。イデアは神々の内にあり人間世界のあらゆる存在のモデルとなります。カントのいう知覚のアプリオリなカテゴリーや、ショーペンハウアーの原型も元型論の先駆けです。
1934年の論文で、ユングは次のように述べています。
「無意識の根本原理、すなわち識元型は記述不可能です。原理それ自体として認識できるとしても、区分を本質とする知性は、つねにこれらの意味を一義的に確定しようとし、肝腎の点をつかみそこねてしまいます。というのも、その本質に適ったものを確定しうるとすれば、何よりも多義的な意味をもつことでしかないからです。つまり、根本原理は無際限ともいえる豊富な連関をもちます。このため、一面的な公式化は不可能となります。」