心理学 浦 光一 二人いるから一人になれる 7
「二人いるから一人になれる」
しかしコンプレックスには、個人の力ではどうしようもないものもあるようです。小児科出身の精神分析家にウイニコットというイギリス人がいますが「二人いるから一人になれる」という有名な言葉を残しています。小さい子どもは、お母さんがそばにいることがわかっているときにしか、自分自身になれない。つまり絵本や積み木遊びに夢中になれない、ということです。もしお母さんがいなければ、お母さんを探すことに必死になり、自分のしたいことなど思い浮かぶこともないからです。お母さんはいなければならないのですが、いわば忘れられるためにいるのです。
二人いるから二人で何かを、というお母さんは世界中に少なくありません(ウイニコットは先のことばを、イギリスの母親たちを見て思いついたのです)が、それでは子どもが窮屈で窒息しかねません。彼はさらに、「自立とは二人いて一人でおれることだ」ともいっています。お互いの存在(その必要性)をどこかで感じながら、それぞれのいることを忘れていてもよい、という意味です。お互いがどこかでつながっているのですが、お互いの邪魔にはならない、ということです。そのことをウイニコットは「依存のない自立は孤立にすぎない」としてまとめています。
私たちはともすれば、依存と自立とは対立するものだと考えます。だから自立のためには依存を切り捨てなければならない、と思い込みやすいのです。しかし依存するとは当てにすることであり、当てにするとは信頼することに他なりません。だから依存を切り捨てるとは、他人をいっさい信頼しないことになります。他人を信頼しないのは、自分を信頼できていないことの裏返しです。それが現代人のいわゆる疎外感につながっている可能性はずい分大きい、と思っています。