フロイト以後の精神病論
英国では、ベルリンのK・アブラハムの分析を受けた子どもの分析家
M・クラインの考えが広く浸透していった。今日では広義に「英国対象
関係論」と呼ばれている精神分析理論である。この考えは、フロイトが
精神病性うつ病の理解に初めて使った「内的対象」との心的体験を重要
視するものであるが、クラインは子どもの分析から乳児のこころの発達
モデルを提示した。
クラインは、フロイトの発達段階では口唇期にあたる生後すぐから1
歳のころまでのこころの発達を二分し、その前相を「妄想ー分裂体勢」、
後の相を「抑うつ態勢」と呼んだ。乳児が妄想性の迫害不安を後述する
分裂メカニズムで取り扱おうとしている「妄想ー分裂体勢」での病理が
精神分裂病の原型であり、罪悪感や悲壮感やを取り扱おうとしている「抑
うつ態勢」の病理が躁うつ病の原型であるとして、精神病の心的基本構
造を乳児の発達過程と重ねて明らかにした。クラインは発達早期に
おけるこころの活動での原始的な心的メカニズムを検索し、とくに対象
や自己の断片化を引き起こし妄想的な対象関係を形成することになるこ
ころの働きを「分裂メカニズム」と呼び重視した。「スピリッチング
(分割)」や「投影同一化」「原始的理想化」として今日よくしられてい
るメカニズムである。
このクラインの基本理論に基づき、H・スイーガルやH・ロゼンフェ
ルド、W・ビオンがおもに1950年から60年代に精神分裂病の精神分析
治療を実践し、新たな知見を得た。
精神分裂病では破滅の恐怖のもとに、自己のスプリッティング(断片化)
と投影(排出)が進む。そのため内的対象との間での過剰な投影同
一化が生じ、その結果象徴機能は失われてしまい、心の体験が具体
化してしまう。また断片化と投影の結果、自我機能が崩れてしまい、自
他の混乱という状態が生じることを述べている。
また、フロイトは自己愛状態に引きこもっている精神病では生じない
としていた精神病での転移の存在と、その治療的取り扱いについても詳
しい理解をもたらした。すなわち精神病性転移は、過度なスピリッティ
ングや投影同一化がベースとなって生じているため、過剰な猛々しく混
乱したものであったり、早熟で断片的なものであるとのことである。そ
して、精神病性転移も基本的には神経症性の転移と同じ精神分析技法で
取り扱うことが可能であると述べた。
ここでロゼンフェルドが提示した自他の未分化な、いわゆる自己愛対
象関係を形成している精神病のパーソナリティー構造の病理としての「自
己愛対象構造体」という概念は、今日「病理構造体」(「病理的組織化」とも
訳出されている)と呼ばれて、精神病を含めた幅広いパーソナリティー理
解に活用されている。
現代精神分析学 牛島定信 より抜粋いたしました