フロイトの精神病論
フロイトは神経症との比較で精神病を次のように概説した。
神経症では自我と本能欲動(リピドー)との間の葛藤の結果、自我は
現実原則に従って本能欲動の一部を抑圧する。一方精、神病においては、
自我と外界との間の葛藤の結果、自我は快感原則に従い本能欲動に奉仕
して現実の一部から引き下がる。この精神病の発生過程は二段階に分け
られる。すなわち第一段階では自我が現実から離れる。現実を否定する
のである。次の第二段階では、幻覚や妄想形式という形で新しい現実を
作り上げる。その結果拒絶された現実部分がその認知を迫り、絶えず
精神病者の精神生活を脅かすことになるのである。
さらに、精神分裂病や精神病性うつ病(メランコリア)という個々の
精神病の病態についてもフロイトはくわしく検討している。
精神分裂病については、精神分析の世界で「シューレーバー症例」と呼
ばれている元裁判所長の男性が40歳代に患った精神病体験について
書いた手記を素材にして詳説した。そこではフロイトは、主に精神性
発達論とリビドー論を用いて、精神分裂病の発病と進行のダイナミクス
を以下のように解説した。
幼児期に男の子によっては、エディプス葛藤に起因する父親からの
去勢威嚇の恐怖への対応として受け身的同性愛願望が生じてくる(この
性を「陰性エディプス・コンプレックス」ともいう)が、それはその後
抑圧され、無意識の心的規定状況となっている。そしてそれからのちの
人生において、その人物が激しい心的ストレス体験に直面することにな
ったとき、リピドーは外界対象から撤退して自我に戻る。つまり、対象
愛が自己愛・自体愛に退行する。こうして自我は外界の現実から離れて
しまう。次には回復をめざした動きが出てくる。退行したリピドーがも
う一度外界に向かおうとするのである。ここに対象の幻覚が生じたり、
自己愛対象選択としての前述の同性愛願望が賦活されてくる。ところが
このときかつて体験した去勢不安も同時に賦活されるため、一段と激
い心的葛藤が生じてくる。さらに退行によって、こころの原始的な活動
様式としての投影が活性化される。そうした結果、同性から迫害される
との迫害妄想が現れてくるのである。
現代精神分析学 牛島定信 より抜粋いたしました